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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(う)120号 判決

被告人 吉田久勝

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

但し此の判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。

被告人より金六万壱千弐百四拾四円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人大橋茹の論旨第四点について。

弁護人は「贈収賄罪は対向的な関係に於ける必要的共犯であり、従つて収賄罪を認定するに就いては、何人が贈賄者であるかを、具体的に判示する必要があるにも拘らず、原判決は、判文上贈賄者が何人であるかを、明かにしていない点に於て、その理由に不備が存するものである。」旨主張し、また、原判文を検討すれば、原審は贈賄行為の主体を表示するに当り、団体の名称又は総称である「販購連」又は「五連」の名を挙げるに止まり、被告人に贈賄すべく決意し、且、行動した者の氏名については、何等具体的に説示するところがないことを、認め得ない訳でないけれども、しかしながら、およそ収賄の罪を認定するに当つては、収賄行為の同一性を確認し得る程度に事実を摘示すれば足り、いやしくも収賄行為の同一性を確認し得る以上、必ずしも贈賄者の氏名を判示するを要しないと解すべく、この見地よりすれば、原判決の事実摘示は、必ずしも正鵠を得たものと言い得ない迄も、兎も角、その程度の判示に依り、収賄行為の同一性を識別するに足ると思料されるのみならず、原判決挙示の証拠にこれを徴すれば、贈賄の意思を決定し、該意思を行動に実現した者は、原判示第一の場合、販購連の会長である高島一郎等であり、原判示第二の場合、中央会、信連、販購連、共済連、農業共済連等所謂五連の役員である渡辺次一、坪田仁兵衛、高島一郎、本多茂、志田尚等であつたことを各看取するに足る。そうして見れば、原判決は、その事実理由、証拠理由のいずれにも不備の存するものでなく、また論旨援用の判例は本件に適切でなく、原判決は判例に違反するものでもないから、論旨はその理由がない。

弁護人大橋茹の論旨第三点、同堤敏恭の論旨第三点について。

弁護人は「原判決添付別表第一掲記の追徴額の認定には誤謬があり、原審は被告人に対し、受益の限度を超えて、追徴を命じた点に於て刑法第百九十七条の四の適用を誤つたものである。」旨主張するので、その当否を審案するに、多数の者に対して一定金額の賄賂が贈られ、その一人がこれを収受して、その一部を自己のために、その余を贈与を受けた他の者のためにそれぞれこれを費消した場合、該賄賂を現実に収受した一人の者に対し、基の全額の追徴を命ずべきでなく、その者が事実上受益した範囲に於て、その追徴を為すべきであると解するところ、(此の点、当審の見解は原審と同一である。)司法警察員の作成に係る昭和三十二年三月八日付報告書(記録第三九〇丁以下)添付の預金元帳カード(写)の記載、原審第五回、第十回各公判調書中証人相馬幸右衛門の供述記載、相馬幸右衛門の司法警察員並に検察官に対する各供述調書の記載等を綜合すれば、被告人が高谷彰夫より金十五万円を受領し、相馬幸右衛門をして、これを福井銀行大手町支店に、同人の個人名義を以て預金せしめ、その後、原判決添付別表第一(一)乃至(十)掲記の各年月日、掲記の各金額を、それぞれ該預金中より引きおろしたことが、いずれも明白であり、被告人の司法警察員に対する昭和三十二年三月十六日付、同年同月二十七日付、検察官に対する同年四月五日付各供述調書の記載に依れば、その内(二)(五)を除く爾余は、挙げて悉くこれを被告人自身の用途に費消したものであることを肯定せざるを得ない。蓋し、原判決添付別紙第一記載の各使途に関する被告人の原審公判廷に於ける弁疏は、諸般の情況に徴すれば、俄かに措信し難く、その内(三)(四)(十)等の使途に関する原審第十回公判調書中証人相馬幸右衛門の供述記載、同証人の当審公判廷に於ける供述は、いずれも推測の域を越えるものでなく、到底これを採つて以て事実認定の資料とするに足りず、これに反して被告人の司法警察員、検察官に対する前記各供述調書の記載は、記憶違いと認められる後記の部分を除けば、他の証拠に依つて認め得る前後の状況とよく照応し、真実に適合するものと認められるからである。しかしながら、次に、原審第十二回、第十三回各公判調書中証人片岡久の各供述記載、宮地鈴子の司法警察員に対する昭和三十二年三月二十七日付、検察官に対する同年四月四日付各供述調書の記載を検討すれば、原判決添付別表第一(二)の支出は、被告人と懇意な間柄にある宮地鈴子なる女性のために、株券を購入した資金に充てられたものでなく、他の何等かの用途のため支出せられたものであることを看取するに足り(此の点に関する被告人の司法警察員に対する昭和三十二年三月二十七日付、検察官に対する昭和三十二年四月五日付各供述調書の記載は、必ずしも正確な記憶に基いたものでないと考えられる。)また、被告人の自供をはじめ、その他原審並に当審証拠調の結果を精査するも、原判決添付別表第一(五)の支出については、これを被告人自身の用途に、費消した形跡を見出することが困難であつて、そうして見れば、原判決は、前記(二)(五)の各支出について、被告人に対し、其の価額の追徴を命じている点に於て、被告人より追徴すべき価額の認定を誤り、延いて追徴に関する法令の適用を誤るに至つたものと言わざるを得ず、その誤りは判決に影響するから、論旨は理由があり、原判決はこの点に於て破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 山田義盛 沢田哲夫 辻三雄)

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